へっぽこびんぼう野郎のnewbie日記

けろけーろ(´・ω・`)! #vZkt8fc6J

今の高級言語(プログラミング言語)が「中級言語」となって、あんまりすごくないプログラマが陳腐化する日は来るのか?

追記(2015/11/27):
むかしの自分わろす。

ハードの開発が進んでマシンのスペックが上がり、

プログラミング言語の素晴らしいモジュールやライブラリが巷にあふれるようになれば、

プログラミング言語で覚えなければいけないことは、ますます増えていく。

 

そのうち、「これ一生のうちに覚えるのって無理じゃね」というレベルに達するかもしれないだろう。

例えば、太陽系内全域のエネルギーを扱うような、

超超大規模なプログラムを書かなきゃいけないようになったとして、

 

それをCとかC++なんかで書けるかっていうと、

なんだか書けそうにない。

めちゃくちゃ長いコードになりそうだ。

 

CとかC++じゃ無理だから、Pythonとか、インタプリタ言語で書くようになるだろうけど、

それでも多分、コードはまだ非常に長いだろう。

 

だから、個人的な考えでは、

そのうち、Pythonとか、行数を長く使わないような、言語で、

新しく「超高級言語」が作られるんじゃないかと思う。

そして、後に、「現在の高級言語」が「中級言語」と呼ばれるようになるはずだ。

 

これは、モジュールがソフト屋が把握できない量まで増えた結果起こることだ。

未来のソフト屋は、様々なモジュールの組み合わせでできた式を書けば、

ほんの100行、1000行ほどで、昔のWizardのようなことができてしまうようになるだろう。

(ただし融通はきかなくて、何か新しいことをしようとするなら、必ずソフト屋のバックアップが必要となる。)。

 

現在のソフト屋が、ハード屋のような扱いを受け、

現在のハード屋が、スーパーハード屋のような扱いを受けるようになるだろう。

 

未来のソフト屋のことを、スーパーソフト屋と呼ぶのであれば、

スーパーソフト屋は、ソフト屋に、「こういうモジュール作って欲しいんですけど」と発注し、ソフト屋がハード屋に「こういうチップください!」と発注する関係だ。

 

そして、たぶん、

スーパーソフト屋は普通の人材不足で、

ハード屋はもっと人材が不足し、

ソフト屋は、異常に人がいないようになるだろう。

 

だって、「人工衛星動かせるようなプログラム」をスーパーソフト屋は作れるのに、

ソフト屋と言えば、ハードとスーパーソフトの連絡の為のモジュールを書くだけ。

めちゃくちゃ大事な仕事なんだけど、たぶん、人材不足になる。

物事の根幹を支えたい奴は、ハード屋に行く。

敢えて真ん中のソフト屋に行くやつはなかなかいないだろうと思う。

 

中間管理職的な何か。

 

まぁ、需要と供給の関係から、給料は高くなるだろうけど。

でも給料が高くなると言っても、ソフト屋が、それでホームページなんかを作ることはなくなるから、

ソフト屋がやる業務っていうのは、モジュールやライブラリを書くことだ。

新しいモジュールやライブラリを書けるような知的水準って、

これはもう大変なものだ。

 

たぶん、僕達が100歳のときぐらいには、少なくともそういう超高級言語ができるだろう片鱗くらいは見かけられるだろうと思う、

ひょっとしたら、僕達が現役のときに、

割とすぐにできちゃうのかもしれないけど。

 

そして、そういう超高級言語ができちゃったら、

良いライブラリやモジュールを書けないレベルのソフト屋は、

給料がガクンと減るだろう。

もちろんすぐに市場が完成するわけないから、ひどい下がり方はしないだろうけど。

だって、「スーパーソフト屋にできること」をわざわざソフト屋がやる必要なんて無いから、「キミ、ここから能力上がらないんなら、必要ないよ」って言われる運命になる。

 

でも、対照的にすごいプログラマは、生き残るどころか、

物凄く高給で雇われるようになるだろうと思う。

そして、新人は、数学と英語の素養がなければ、雇われないようになる。

「スーパーソフト屋行けば?」ってなる。

 

僕の懸案は、

僕達が年をとった時に、超高級言語ができる確率が、そんなに低くなさそうだということだ。

現に、モジュールとか、ライブラリとか、いっぱいあって、1つの言語に関するものを覚えるだけで、相当な時間がかかる。

 

だから、なぁなぁにプログラマやってたら、そのうち酷い目に遭うだろう。

「新人でソフト屋の業務があんまりできない」ならまだしも

「ベテランなのに、スーパーソフト屋だと一瞬でできるようなことしかできない」と思われたら、もうダメ。

即解雇。

 

これは特に僕達や、僕達より若い世代に言える。

僕達が、もっともっと勉強をした方がいい理由は、

今までも色々あるけれど、

少し後の未来では、もうひとつある。

「できなければ死ぬ」ということ。

 

恐ろしい未来の幕開けだ。