へっぽこびんぼう野郎のnewbie日記

けろけーろ(´・ω・`)!

「どうやってわかりにくい文章に立ち向かうか」の備忘録(わかりにくい文章の読み方)

はじめに

世の中には大量のわかりにくい文章があって、そしてそれをどうしても読まなければいけないときがある。

にも関わらず、「わかりにくい文章」でググると、「わかりにくい文章はわかりにくいよね〜」「わかりにくい文章書くやつはダメなやつ!」「このようにわかりやすく書きましょう」という結論で閉じられていることが多い。

確かにそれはそうなんだが、それは自分が気をつけるもので、人に強要できるものではない。

そこで、その読み方を書いた。

わかりにくい文章

わかりにくい文章の特徴はおおむね以下のようだとぼくは勝手に思ってる。

  • 文の意味をいろんなふうに取れる
  • 論理展開・起承転結がおかしい
  • 「てにをは」等、助詞の使い方が間違っている
  • 知らない用語が前置きなく急に出現する
  • 文構造がマジキチ
  • 読み手のことをあまり考えていないオナニー文
  • 誤字脱字が激しい
  • 冗長
  • 余談・無関係な話が多い

この記事では、こういった特徴を持つ文章に対してぼくが実践している策略みたいなものをつらつらと書いていく。 自分用に備忘録として書いているので、そのうち気が向いたら更新するかもしれない。

「わからない」 と思っていることに気付く

文章を読んでいる際に、「よくわからない」といういや〜な感覚が襲ってきたら、「あ、自分、よくわかってないぞ!」ということを認知する。

実は、「わからない〜わからない〜」って言っているときは「自分、わかっていない!」ということに気づけていない。

こういうときは「つらい〜つらい〜」が先行していて、「わからない」とか言いつつもわかろうとしたいわけじゃなくて、つらい気持ちから脱出したいだけなのだ。

だから、もっと深呼吸して冷静な気持ちになって「お???わかってないのか!!!!!!!つらい!!」と前向きな気持ちでわからないことを認識するのがだいじ。

まず「わからない」ことが認知できないと、「自分がわかってないということすら知り得ない」状態に陥っていることになる。

認知することによって、「どうやら自分はこれがわからないらしい!」と客観的に評価することができる。

とりあえずわからなくても読み進めてみる

わからないなりに、とりあえず読み進めてみることは重要だ。

『「わからん」と思って投げ出そうとしたら、次の行に解説があった!』なんてこともある。

100%の理解をせず、とりあえず読み進めてみることで、体系的に知識を得ることができて、もう1度読んだときに理解できることもある。

なにがわからないのか分析してみる

わからないと思っている文章を分析してみる。

なぜ文の意味がわからないのか、どこの単語が意味不明なのか、文脈から判断してみるとか、そもそも文の構造がおかしいのかとか。

どこからわからなくなったのか戻ってみる

いまわからない原因は、いま表面化しただけであって、実際には、わからない箇所は「わかったと思いこんでいる箇所」だったという可能性すらある。

特に、「何がわからないかわからない」ようなときは、「わかったと思っているが実際はわかっていないこと」がある場合や「わからなくてもいいと判断して読み進めた」場合などに多い(個人的に)

一度立ち返って見てみると、「『わかってなかったんだ!』ということを知る」こともある。

筆者も実はそれほどわかってないことがある

いままで平易な文章だったのに、あるときから急激に難しくなった場合、筆者がごまかしを入れている場合もある。

この場合「筆者はそう考えているようだ」と考えて「筆者の考え方」を取り入れるようにシフトすると「わからないけどそうなんだね」となり、わからなくても読めるようになる。

わからないことがカバーされていなかったり省略されている

「なんでそうなるの?」と思ったことが、かなり核心をついていたり、難しいことだったために簡略化されていたり、本の中で情報が網羅されていなかったり、未解決問題だったりすることがある。

ものごとを簡単に説明するためにいろいろと詳細な情報を削った結果、若干不自然な部分が生まれることがある。

そういう部分に鋭い関心を抱くことはいいのだが、前に進めなくなるので「不思議だな」と考えたりするといい。

前提知識が足りていない

読むのに必要な知識が足りていないせいで、読むことが困難になっている。

読者のレベルを高く設定しているために、知識がないと読み進めることができない。

「何を前提知識として求められているのか」を調べる必要がある。

たいていの文章には、「何が前提知識なのか」は書かれていない。

たとえばこの記事は、最低でも中学3年生程度の読解力(特に漢字)を必要としているが、こう書かれるまでこういった暗黙的な前提知識は認知できない。

(ここまで読める人には『当然』の知識でも、ここまで読めない人にはこの記事自体が『難しい』知識である)

筆者を信用する

筆者を疑うと、その後すべての文章に対して疑心暗鬼になる。

いかに疑った場合でも、ひとまず筆者をリスペクトして、「筆者はそう考えていて、その考えを取り入れよう」とすることが肝要。

中にはそれでも酷い文章もあるが、とりあえず第一として、人を信用することが大事。

筆者がうんこすぎる

💩

わかりにくい文章への立ち向かい方の具体的な例1

たとえば以下の文章は、

どうにかして欲しい。お役所の文章は何故わかりにくいのか - エキレビ!(1/2)

にて、「わかりにくい」として引用されているのだが、実際には「わかりにくい」というよりも、「より具体的に説明するため、あるいはカッコよく見せるために専門用語を使用している」のだと思う。

インターネット黎明期の1996年に創業。日本で初めてISP向けにカード決済を利用した「RTSシステム」を開発して以来、電子商取引(EC)にフォーカスし、アプリケーションパッケージの開発、コンサルティングを行ってきた。特にECサイトのバックオフィスを支えるパッケージソフトの開発やライセンス事業、ソリューションに特化し高機能を実現。いわゆるデファクトスタンダード…

もちろんカタカナによって、じゃっかん曖昧にされている部分もあるとは思うし、「カタカナばかりでうさんくさい」と思う気持ちもわかるけど、

多くの人は「ISPRTSシステム?EC?アプリケーションパッケージ?バックオフィス?パッケージソフト?ライセンス事業?ソリューション?デファクトスタンダード?」と、文に意味不明な用語が含まれまくっているので、「わかりにくい」のだと思う。いわゆる前提知識が足りていない状態で、想定されている読者の範囲外だったというわけ。

ひょっとしたら「黎明期・カード決済・フォーカス・コンサルティング」等もわからない人がいるかもしれない。

ひとまずこういう文を見かけたら、知らない単語に印をつけてみる。

そうすると「あ、こんだけ知らないのか。それは読めないわ」となる。

わかりにくい文章への立ち向かい方の具体的な例2

これは「おはなしの記憶」という小学校受験に使われている問題らしい。(「話の記憶が苦手」を克服するには [小学校受験] All Aboutから引用)

森の動物たちがかけっこをするのであつまってきました。はじめにウサギさんがやってきました。2番目にゾウさんがきました。そのつぎにネズミさんがきました。最後にライオンさんがやってきて、「キツネさんとパンダさんはお腹をこわしてお家で寝ている」と言いました。

ブタさんが「ようい、どん!」と合図をすると残りの動物たちが走り出し、ウサギさん、ライオンさん、ゾウさんの順にゴールしました。ウサギさんが「ぼくライオンさんに勝てるとは思わなかったよ」と言ったので、みんなが笑いました

これを耳で聞いて、その後次のような問題を出されるようだ。

■絵を見てかけっこで走らなかった動物に○をつけましょう
■絵を見てかけっこで2番目にゴールした動物に△をつけましょう。

これは専門用語も何もない文章だけど、記憶したりイメージしたりできないと大人も普通に間違える文章だと思う。 しかもこれにアレンジを加えて、論理関係をイメージさせにくくしたり、初見の単語を多くすると、より難しくなる。

海の動物たちが競争をするために集合しました。はじめにイタチザメさんがやってきました。2番目にヒラシュモクザメさんがきました。そのつぎにマオナガさんがきました。最後にオンデンザメさんがやってきて、「ジンベイザメさんは腫瘍で、クロカジキさんは結核で死んでいる」と言いました。

シロナガスクジラさんが「ようい、どん!」と合図をすると残りの動物たちが走り出し、イタチザメさん、マオナガさん、ヒラシュモクザメさんの順にゴールしました。イタチザメさんが「ぼくマオナガさんに勝てるとは思わなかったよ」と言ったので、みんなが虚仮にしました

初見の単語が多いだけで、だいぶ難しくなったと思う。自分で書いておきながら読む気になれない。

ふつうの人はサメの種類なんてどうでもいいし、腫瘍や結核にも親近感はあまりないと思う。しかもそれは具体的にはなんなのか、どう違うのか、なかなか説明がしにくい。

なので、記憶がしにくく、結果的にわかりにくくなっているのだと思う。

これも「馴染み深い言葉」がないせいでわからなくなっているのだと考えて読めば、ただ読むのが億劫なだけで、わかりにくくはないはずだ。

わかりにくい文章への立ち向かい方の具体的な例3

次の文は、長すぎて分かりにくい文章は分ける :読みやすい文章 書き方のコツ | 書き方ができる人コムで例に挙げられている文だ。

人類がいかに進化した生き物であるかという問いには、これまであらゆる説明がされてきたが、まったく次元の違う説明をまとめようとしても、うまくまとまらないし、人類の遺伝子構造がどのような変化をたどってきたかが大切である。

これは実際わかりにくい。論理構造が曖昧だからだ。

綺麗に書くとこうなる。綺麗っていうか、ぼくが把握しやすいように文同士の接続を変えただけだけど。

人類がいかに進化した生き物であるかという問いにはこれまであらゆる説明がされてきたけど、そういうまったく次元の違う説明をまとめようとしてもうまくまとまらないし、やっぱり人類の遺伝子構造がどのような変化をたどってきたかの方が大切である。

こういうふうに自分が理解できるように言語を変換すれば、読みにくい文章でも読めるようになる。

わかりにくい文章への立ち向かい方の具体的な例4

次の文は文の種類とねじれ文が起こる仕組みからとったもので、これはねじれ文と呼ばれるらしい。

日本人にとって肉食の歴史は浅く、肉を食べると脂肪過多になり、また、砂糖や脂も摂りすぎており、肥満や生活習慣病を引き起こす原因になっています。
たんぱく質が多い食物は、牛肉、豚肉、鶏肉などの肉類、牛乳やチーズなどの乳製品、魚介類ではマグロやアジの開き、他の食品では大豆に多く含まれています。

これらの添削については、引用したサイトを見てほしいのだが、こういった文を見かけた際は、まず「論理展開が異常であること」を見抜いて、意味が通るように脳内で変更することが必要だ。(別に紙を使ってもいいけど)

「わからない!!」と唸っている間は、まず「文が異常であること」を見抜けていないことが多い。異常を検出して、そのあと正常に戻す作業が必要だ。

ちなみに、とりとめのない会話の中でこういう正常に戻す作業をしまくると人に嫌われるので注意。コミュニケーションと読解は違う。

わかりにくい文章への立ち向かい方の具体的な例5

これは量子暗号 - Wikipediaからの引用だ。さっきはじめて検索してみた。

量子暗号とは、通常は量子鍵配送のことを指す。完全な秘密通信は、伝送する情報の量と同じ長さの秘密鍵を送信者と受信者が共有することで初めて可能になる(ワンタイムパッドと呼ばれる方式を用いる)。この秘密鍵の共有を量子状態の特性によって実現し、通信路上の盗聴が検出できる。計算量的安全性でなく情報理論的安全性であることと、その実装の基礎が量子力学という物理学の基本法則に基づいていることが特徴である。なお、商用に広く用いられる公開鍵暗号は解読に計算時間が膨大にかかるだけ(計算量的安全性)であり、情報理論的に安全な秘密通信ではない。量子暗号は量子情報理論の、現在のところほぼ唯一の現実的な応用である。

これらを分解すると次のようになる。

  • 量子暗号は量子鍵配送のことを示す
  • 完全な秘密通信は秘密鍵を共有することで可能となる
  • 秘密鍵を「量子状態の特性」によって実現し、盗聴を検出できる
  • 計算量的安全性ではなく、情報理論的安全性であることが特徴
  • 情報理論的安全性の実装の基礎が、量子力学基本法則に基づいていることも特徴
  • 商用に広く用いられる公開鍵暗号は計算量的安全性(計算時間が多いだけ)である
  • 公開鍵暗号は、情報理論的には安全な秘密通信ではない。
  • 量子暗号は、量子情報理論の、唯一の現実的な応用

このようにすれば、「どこまでわかって、どこからわからないのか」が一目瞭然となり、「いまはわからなくてもいい箇所」まで浮き彫りにできる。

たとえば「量子鍵配送とはなにか?」と聞かれれば「量子暗号である」と答えても間違いではない。もしかすると厳密には違うのだろうが。

「どういうところが優れているのか?」と聞かれれば「公開鍵暗号よりも安全であるところ」と答えられる。

翻って、「量子状態の特性とはなにか?」「情報理論的安全性とはなにか?」「量子力学基本法則とはなにか?」と聞かれてもこの文からはわからない。

こういう「どこまでわかって、どこからわからないのか」という分解するプロセスが重要。

わかりにくい文章への立ち向かい方の具体的な例6

これはぼくが書いたオリジナルのクソ文章だ。

空で青いのにと言うが雨は降りませんが限りませんね。
特に山は天気からとても変わりやすかったのかも、朝快晴だけれども夕方からが土砂降りだろうことであります。
山登りするときがしっかりに対策はしながら、十分気がついてくれましょう。

ちなみにこれは「山登りするときは天気に気をつけましょう」という趣旨のものだ。

こういう文章は読む価値がないけれど、こんなのでも読まなければいけないときがある。

こういった文章では、細部に目をやると全然読めなくなる。助詞がめちゃくちゃ、文の繋がりとは何かを完全に無視したものである。

しかし助詞を無視することによって大意をつかむことができる。

  • 空 青い
  • 雨 降らない 限らない
  • 山 天気 変わりやすかった
  • 朝 快晴 夕方 土砂降り
  • 山登り とき しっかり 対策 十分

このように単語を羅列して、自分で助詞を補えば、完全に筆者の意図を汲み取れなくても、まあまあの理解を得ることができる。

これを踏まえてさきほどの文章を読むと、かなり読めるようになっているはずだ。

わかりにくい文章への立ち向かい方の具体的な例7

これもぼくのオリジナルの文だ。今度は助詞はしっかりあって機能しており、省くと逆にわけがわからなくなる文だ。

昨日僕は先生なんかが生徒にも教室だけで朝から本や雑誌などを読ませながら教えた授業の内容のみを妻へ息子と娘に家で最後くらいまで理解させるようにとしか言ってなかったのにやろうとすらしてくれなかったのでついに怒ってしまった。

こういった悪文も、やはり分解するに限る。

  • 昨日僕はついに怒ってしまった
  • (なぜか)妻へ息子と娘に家で最後くらいまで理解させるようにとしか言ってなかったのに、やろうとすらしてくれなかったから
  • (なにを理解させようとしたのか)先生なんかが生徒に教室だけで教えた授業の内容のみ【朝から本や雑誌などを読ませながら教えた】

まあこんな文を読まなければいけない状態が続くなら逃げた方が無難かもしれないけど、とにかく、酷い文でも気合さえあれば読めるのだ。

まとめ

基本的に「わからない」ことがあっても、「うーん! わからないなあ(´・ω・)?」と思うくらいのメンタルでいるといい。

「自分がわからないのはバカだからだ」のように考えてしまうのは、かなり早計と言わざるを得ない。

「わかろうとする」「いずれわかるものだ」「そのうちわかるだろ」「今は知識が足りていないからわからんのだ」「わかるわかる絶対わかる気持ちの問題だって」のように考えるのが良い。

「自分がわからないのはコイツがめちゃくちゃな説明をしているからだ」「自分がわからないのはコイツがマジキチだからだ」と考えたほうが精神衛生上とても良い。

それから「こんなものもわからないのかよwww」とか言ってくる輩は、だいたい性格がひん曲がっているので、そういうやつらにメンタルを吸い取られないようにする。だいたいそういうやつらも、しっかりとわかっているわけではない。

重要なのは「わかろうとする」ということで、「あきらめたらそこで試合終了だよ」とか「あきらめんなおまえ」とかそういう気持ちがだいじ。

上記の例も、結局のところ「頑張ってわかろうとした」「あきらめずに読もうとした」結果、わかるようになるのだ。

逆に「うわ、確かにこの例の文は読みにくいな……」とだけ思ってスルーした人にとっては、いまだよくわからないままだろう。

結果精神論なのだが、これは「あきらめなかった結果いいことあった」という訓練をひたすら積んでないとなかなか難しい。要は普段からさまざまな物事に対してあきらめないことがだいじ。

精神論だけじゃわかるわけもないので、ちゃんとわからないことを分析する。数学がわからないのに、分析を間違えて必死で歴史の勉強してもわかるようにはならない。

なぜわからないのか、なにが足りないのか、なにが邪魔しているのか、誰かに聞けばわかるのか、ひとまず保留するのか、ひたすら毎日考えるのか、いろんな手立てを試してみるとわかったりする。

まあまとめると「あきらめずにいろいろ考える」のが大事なわけで……大きく言うと身も蓋もない話だな(´・ω・`)

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