30秒でわかるSOLID原則

■ 単一責任の原則(Single Responsibility Principle)

神クラス・神メソッド・神モジュールつくるな。ユースケースごとに分けろ。

■ オープン・クローズドの原則(Open Closed Principle)

修正しにくくするな。でも拡張しやすくしろ。

■ リスコフの置換原則(Liskov Substitution Principle)

SubtypeでSupertypeの機能をぶっこわしてSupertypeとして使えなくするな (それはもうSubtypeにしないほうがいい)

■ インターフェース分離の原則(Interface Segregation Principle)

使ってないものに依存させるな(使ってそうで使ってないやつに依存するとイミフになる)

■ 依存関係逆転の原則(Dependecy Inversion Principle)

抽象(インターフェース)に依存しろ。詳細に依存するな

変数/関数の命名のプロセスと、コメントと、企業文化と、正直・誠実さ

会社の同僚に教えてもらった「命名のプロセス」という記事を読んでみて思ったことを書いてみる。参考にした記事が見たい方は、ページ末尾を参照してください。

ぼくはその記事を読んで「命名プロセスには4つのステージがあって、企業文化とも関連するのではないかな〜」となんとなくおもったのでそれを書きました。ご査収ください。

命名の4つのステージ

Deceive(詐欺る) -> Surrender(降伏する) -> Let it go(ありのままの) -> Solve(解決する)

Deceive(詐欺る)

自然状態。何も考えずにやるとこうなる。

命名を省略したり、ちょっとそれっぽい名前にしてごまかす段階(とりあえず意味もなく getDatatmp などと書く)

Surrender(降伏する)

命名のつけかたがわからないので「わかりませんでした」という意味をこめて、

getThingsICannotUnderstand と書いたり、

コメントで // このgetDataは、こういうことをやっているようだけど、よくわからなかった 等と書く。

または誰かに質問する。

「わからなかった」ということを示すために重要

Let it go(ありのままの)

その機能そのものを表現して、正直な名前をつける

removeNameFromDealAndMakeThisNameLargeCapitalThenReturnTheName(deal)

Solve(解決する):

メソッド分割・変数分割する、正しい名前にする、ファイル分割する、など抽象度をあげていく。あとは勝手にやってくれい。

const dealName = retrieveName(deal)
const emphasizedDealName = upCase(dealName)

解説

概観

直観的には、 Deceive状態(名前が誤魔化されている状態) の方が、 Surrender状態(「わけわからん」と明言されている状態)Let it go状態(機能内容を全部書いちゃってる命名) などの「ヤバそうな名前/ヤバそうな付随コメント」よりも、正しそうに見えると思います。

そのため、わりかし Deceive状態 での命名がはびこってしまっているのかなと思います。

特に Surrender状態 では「あからさまなバカっぽいコード」で、誰でも批判できそうに見えます。

「なんでここがわからなかったのに放置しているんだ」とか「いやいや、ここは常識的に考えてこういう意味でしょ」とか、いくらでも批判できます。ただし、そうしていると必然的に Deceive状態 になるんじゃないかなと思います。人間は、あえて批判されなくてもいい場所で批判されようとはしないはずなので……

また、非英語話者にとって、正確な英語で記述したり正しい意味を読み取ったりするのはとてもむずかしいはずです。日本人同士で日本語で伝え合うのでも難しいのに、あえて英語のプロトコルかますことで、めちゃくちゃ難しいことになっています。

そのため「ここ、よくわからない……」というアピールをお互いがすることはすごく大切だと思います。

4つのステージの各段階での「誠実性」と「正確性」

この4つのステージは、DeceiveからSolveまで、徐々に誠実性と正確性を上げるためにぼくが勝手に命名・定義したものです(なので変なこと言ってたらスマソ)

それぞれが、下記の軸のどこかに位置するようになっていると思います。

• 隠蔽 ⇔ 透明
• うそつき ⇔ 正直
• 不正確 ⇔ 正確

ステージアップの方法

とくに Deceive → Surrender に移行することは、それほど容易ではないと思います。

// ここわからなかった なんてコメントや getDataThatICannotUnderstand() なんてものをバカ正直に書いたら「いやいや……(苦笑い)」という反応をされてしまうかもしれません。

でも、わからなかったのに誤魔化されてなんかそれっぽいコードにされる方がぼくは問題だと思います。そしてその後、明確に名前が表現されていれば別のアプローチも取れたはずのコードが、どんどん意図不明の謎コードになっていきます。

名前がわかっていれば「この名前なのに実装がこれになっているのはバグやん」というのも気づけます。意図不明なコードだという認識が共有できれば、チーム全員に「何かここに意図不明なコードがあって、このへんはマジでヤバい」ということも共有できます。

ぼくは別に // ここマジで意味不明 というコメントを書くことを奨励しているわけではないです。

でも // ここマジで意味不明 と書いてもいいような部分を、コメントを書かないことによって、他の誰もヤバさが認識できず、コードを書いたり変更した本人が「あー、Approveされた……よかった……バレなくて……!」となることの方が問題だとおもっています。なので Deceive(詐欺る) と名付けました。

ステージの意味について

Deceive(詐欺る) が、同僚やパートナーを欺く行為です。ダメ!絶対!

Surreder(降伏する) は、「わからない」と言ってしまう、いわばプログラマにとっては降伏宣言に近いものなのでこう名付けました。

Let it go(ありのままの) は、アナと雪の女王のアレです。ありのままの姿見せるのよ〜おお

Solve(解決する) は、「命名する」という範囲を超えてコードデザインを改善していく段階です。

おまけ: 日本語にする

変数名などを英語にする必然性がなく、UTF-8で書けるプロジェクトなら、いっそ日本語を使用してもいいと思います。

英語圏の人が誰も参画してないのに、カッコつけて英語にすると不幸です。もちろん「どんなときでも日本語にした方がうまくいく!」とは思いませんが、たとえばテストケースだけは日本語で書くとかしても全然問題ないと思います。

すべての命名に英語が絡んでくるので、本当に厄介だと思います。

「わからない」と言う

正直に「自分の知識はこれぐらいです」とか「それはよくわからないです」とか「つまりどういうことですか?よくわからなかったです」とかって言うことは難しいです。

でも、1個の個人の知識と経験は、人類全体から見ればカスでしかないので、わからないことに対して「わからない」と言えることが重要だと思います。

もちろん、調べもしないうちから「わからないわからない」とか言うのはまた別の問題っぽいですが、「わからない」と明言することで、他のメンバーも「あんなしょうもないことを質問してもいいなら自分も質問しよう」とか「あー、そこ自分もわからなかったけどそういうことだったのか」などのように刺激を与えられるような気がしています。

とくにパワーが上になればなるほど、そういった「わからんぞ!!!!!!」という明言が、他の人も「『わからん』って言っていいのか」と思えるようにさせる気がしています。

最終的にそうすることで、企業内の空気や文化もよくなって、心理的安全性も高くなって、HRTにもつながるし、ついでにコードも綺麗になってメンテもしやすく、知識も増えて給料も上がっていろいろハッピーになるんじゃないかと思います(※注意: そうならなかった場合の責任は取りません)

※ 参考にした記事について

この下の記事を参考にしました。

実際にはこの参考にした記事は英語の抄訳なんだけど、個人的には元の英語の記事は長大すぎてちょっと読むのがつらかったので流し読みして、自分の雑な解釈にいろいろ付け加えてまとめてみました。

scrapbox.io

これによれば、命名のプロセスは次の7つのステージに分けられるとありましたが、正直「そんな7段階もやってられるか!」とおもってしまいました。

f:id:haruharu1:20200718163628p:plain

特に「Do the Right Thing」というところに引っかかってしまって、そのまま取り入れられないなと思いました。「Do the Right Thing」より前のステージが「Wrong(間違い)」っぽく見えてしまったからです。

あとは、非英語圏の話者は、命名時に英語を障壁としていると思います。

英語圏の文書は、おしなべて英語のつらみが存在していないかのように作られています。これもなんかもにょりポイントでした。

なのでぼくなりに、勝手にこの7つのステージを4つのステージに分けてみたのがこの記事です。ご査収ください!

しっかりとマニュアルを作成することの重要性

マニュアルが読みにくいと、

  • そもそも読まれない
  • ミス → インシデント発生 → 死

なので、マニュアルしっかり書くの大事。

「レイアウト・言語表現・文の順番・図や絵で表現」とかもやらないとわかりにくくなる。

↓ 参考になった本

2018年〜2020年の間に「買わないほうがよかった」とおもったものまとめてく

独断と偏見のかたまりです。

↓買ったほうがよかったものはこっち heppoko.hatenadiary.jp

カスタム (CUSTOM) CO2モニター CO2-mini

CO2濃度が高いと集中力散乱するらしいぞということでモニタのために買った。

1万円ぐらい。

CO2濃度をモニタできるやつ。高い。そしてあんまり効果を感じられなかった。見なくなった。いろいろとめんどい。邪魔。

はらまき

1000円ぐらい。

腹をあたためるためにかった。

邪魔。ずれる。いらぬ。

Scivation Xtend BCAA 90杯分 (グレープ)

4000円ぐらい。

BCAA。有酸素運動のときに飲むと捗るやつ。

甘すぎてまずい。つらい。自分のために買ったけど甘すぎて無理だったので妻にあげた。妻もまずそうにしてたけど妻は飲んでた。

ドでか無香空間 消臭剤 本体 無香料 1780g

1000円ぐらい。

いらない。かわらなかった。捨てるときめんどくさい

安物のドローン

7000円。とくに意味なく買った。ちゃんと飛ばないしほぼゴミになった。

アウトドアの人用っぽい感じ

砂時計

2000円ぐらい。

ポモドーロ的なやつのために買った。別にアプリでいい。というかアプリのほうがいい。

安物のAndroidタブレット

12000円ぐらい。

反応悪くて使わなくなった。というかたぶんほぼ家から出ないし充電すらめんどうだと感じるぼくにときどきしか使わないタブレットの管理は無理。

iPadを買ってしまうという決断をしないために買った感ある

USB2.0とDVIをつなぐアダプタ

2台目のモニタを買うときについでに買ってしまった。5700円ぐらいした。

普通にHDMIケーブルで繋がないとだめ。そっちの方が安いし。本当にお金をむだにした。

もこもこのスリッパ

2000円ぐらい。

素足でよかった。スリッパを履くとかそんなめんどくさいことができるか!!

卓上スタンド

部屋がすでに明るかったので必要なかった。2000円ぐらい飛んだ。

2018年から2020年までの間に買っておいてよかったものをまとめてく

めんどいし一覧性薄まるので、画像とかはなしで。

基本外に出ないので、外で使えそうな便利グッズとかは無いです。

↓ こちらもあわせてご覧ください。 heppoko.hatenadiary.jp

Echo Dot

5000円ぐらい。

WiFi / スマートリモコンと組み合わせて、「アレクサ、電気消して」とか「アレクサ、エアコンつけて」って言って家の電気を消したりエアコンつけたりテレビをつけたり消したりするためのやつ。

それ以外はほぼ使ってない。たまに反応してくれないときとかあるのでイラッとくるパターンもある。

まれに意味不明なタイミングでいきなり何か言い出すときがある(たぶん何かのスキルのせい)

スマートリモコン

LinkJapan eRemote mini (5000円ぐらい)

赤外線の波形かなんかを登録しておいて、スマホ経由で電気消したりエアコン消したりできるやつ。これのおかげでエアコンの温度調整はスマホでやるようになった。

寝る間際にピッてできてべんり。

前は反応が悪くて効かないときとか急に連携できなくなるときとかあったけど、最近は安定してきている様子。初期設定のWiFi連携が謎にむずかしくてつらい。

突然前触れもなく部屋の電気が消えたりする。でも買った当初(2018年)は起こってたけど、最近はあんまり起こってない。

ぬりえ帳

100均で売ってるやつ。100枚ぐらいある。メモや勉強にくそ便利。ベリッとめくれるのでルーズリーフとか印刷用紙より格段にめんどくさくない。

かばんに入れたりすると折れ曲がることもあるけど、ふだん家から出ないので特に問題視してない

洗濯乾燥機

日立 8.0kg 洗濯乾燥機 シャンパンHITACHI ビートウォッシュ BW-DV80C-N (115,000円)

洗濯物を干す回数をへらすやつ。便利。いいやつは高いので断念。安すぎるやつは生乾きするらしいので、そんなに高すぎないけどわりとちゃんとしたやつ買った。

あと音の大きさとかいろいろ仕様を調べて、当時いちばんコスパとかよさそうだったこれを買った。2018年モデルらしい。

2019年初頭に買ったやつなので、たぶん今はもっといいモデルのやつがあったり、安くなってたりしそう。

iPhoneの充電器とケーブルを大量に

部屋のどこにいても充電できるように買いまくった。Ankerが最強。

ケーブルは長い方が絶対いい。寝転がりながら挿せるので。ぼくは3mのやつが好き。

無線充電は、スマホを置く場所を定位置にできるきれい好きとかにしか向いてないのではとおもってるので買ってない。

寝る前に充電するとかいう癖がないので、いつも10%ぐらいになってから近場の充電ケーブルに挿すような運用してる。40%ぐらいになったらケーブルが邪魔なので外す感じ。

遠距離の無線充電が出たら確実に買うと思う

Fire TV Stick

4000円ぐらい

ぶっちゃけいらないんだけど、妻とテレビ代わりにYouTubeやらを見るときに使う。

一人暮らしでパソコンで満足してる人はたぶん必要ない。しらんけど

Netflix

月額800円

おもろいけどさすがに見すぎて飽きた。英語字幕や英語音声にできるやつもあるのでわりかしいい。

ラインナップもたぶんそれなりにいい。飽きたので今は契約してない。

Netflixオリジナルは、ちょっと見たけど基本的にあんまりおもしろく感じなかった。個人差あると思う。

ディズニープラス

月額700円

ディズニーのストリーミングサービス

ふつうに質がよくて見まくれる。英語の字幕もついてる(一部ついてないのも)。ディズニー傘下のやつも見れるのでよい(PIXARとかMARVELとかSTAR WARSとか)

妻がディズニー映画わりとすきなのでそこそこ見てる。これも見まくると見るものがなくなるので、契約したり解約したりを繰り返してる。

初月無料なので、1ヶ月見まくってやめるのでもアリではと思う。手続きがすこしめんどい。

レターオープナー

450円ぐらいのやつ。とどいた手紙を開くためのやつ。

別になくてもいいけど、横にあると便利なのでこれ使って開封してる。

でも「すぐ横になければ探してまで使わない」ぐらいの存在。ただほぼ永久に使えるのでコスパ的には良いのかな…?

ニトリ Nウォーム Wモイスト

5000円ぐらい。

冬に買ったやつ。手触りがいいしめっちゃ温かい。これなしで今までよく平気だったなって感じた。QoLあがった。

ここ数年毛布を使ってなかったので、ちょっと過大評価してる可能性もある。

靴下(大量)

ユニクロで、同じタイプの黒い靴下を20足ぐらい購入した。

どの靴下がどれのやつとかいちいち考える手間が減って、控えめにいって最高。

もともと持ってた靴下はややこしいので全部捨てた。

ネスレ定期便(コーヒーマシン)

初期費用0。5000円/2ヶ月

おうちスタバするためにレンタルのを頼んでみた。

でもレンタルだと2ヶ月に1回40杯分来るようにしないといけなくて、正直ペースが早い。1日1杯必ず飲む人ならまだしも、ぼくの場合2日に1杯ペースだったので、今ふつうに余りまくっててやばい。

たぶんそのうち定期便じゃなくてふつうにコーヒーマシンを買うと思う。

空気清浄機

シャープのプラズマクラスター↓(37,000円)

jp.sharp

家の中にいると花粉症にならなくなった。本当にうれしい。喉の痛みも減った。すばらしい。

地味に大容量で加湿してくれるので、冬は助かった。タンクの容量はもっと大きいやつがよかったけど、そういうのはかなり高かったのでやめた。

水交換はめんどくさい。冬から春にかけては1日〜2日に1回換えてた。夏に近づいた今は一切交換してない(そりゃそうじゃ)

デフォルトだと光を放ちまくるのですごくウザい。OFFにしないとキツい。(OFFのしかたは説明書にあります)

プラズマクラスターについてるWiFiランプもときどき「接続できてないよ!!」ってピカピカするのでウザい。(これは光ってるところにガムテープ貼りまくって解決した)

音声もウザい。部屋のあかりを切ると「おやすみ!!」って結構なボリュームで言ってくるので、妻を起こしたり、ぼくが起こされがち。でも音声を切ると水換えるべきときに何も言ってくれなくなるので切れない(ランプはつく)。

おやすみとか言わなくていいんで……

まとめ

ペインもいっぱいありますが、ペインを激しく上回るメリットがあるやつらはこれぐらいです。

何かの参考になればうれしいです。

毎日勉強を続けるためにぼくが考えていること

ひまなので書いてみる。

勉強というか、毎日何かを続けて習慣化する方法についてちょっと書いてみる。

新しいことを習慣化するとき、いつも挫折していろいろ続かなったけど、最近コツをつかんでいろんなことをコツコツと続けられるようになった。

なので備忘録も兼ねて書き出してみる。

「継続させること」がメインなので、プロジェクトなど有期性のものとはちょっと相容れないかも。プロジェクトを組むときは、これを基礎として、この上から組むのをおすすめしたい。

「毎日やろう!」と決めた当日に頑張ると死ぬので、初日は頑張らない。2日目とか3日目もそれほど頑張らない

何も考えず初日に頑張りすぎると、2日目に昨日の量に圧倒されて死ぬ。2日目仮にノルマクリアできても、3日目、4日目……とどんどんつらい感じになっていく。

そして「毎日最大量を必ずやる」という計画は失敗する。4日目に失敗すると4日目の分のタスクが5日目に積まれて、そんなのできるわけないので終わる。

なので初日は控えめにやる。「いや、俺はやる気に満ち溢れているんだ!!!」と思っててもやめる。それは明日にとっておく。「明日になったらできるんだ!」と希望に満ち溢れて寝る方がいい。1ヶ月とか1年とか5年とか、そういうスパンで考えると、初日の「大量」は結構すぐ取り返せる。それよりも「継続可能かどうか」に目を向ける。

というか自分が可能な1日の最大値をもとに計画しちゃダメ。絶対に失敗する(した)

自分のミニマムを考えて計画する

今後1年の中で、もっとも忙しい日のことを考えてみる。

エンジニアだったら「リリース準備に忙殺されて、今日1日仕事とご飯以外なにもできなかったよ……」みたいな日があったりするはず。そういう日に何分くらいやるかを決めておく。

「そういう日でも必ず15分」とか「そういう日はさすがに5分でおk」とか、そういうのを決める。こうすることで「やらない日」の発生を防ぐ。

続けていると「すごくやる気のない日」「体調悪くて全然動けない日」とかいうのも出てくる。そういうときでも「すごくやる気のない日でも最低これだけはやる」というのを決める。このとき自分を過大評価せず「マジで疲れてて無理なんだけど。死ぬ」を考えて「それでもこのくらいはやる」というミニマム量を決める。まあ体調が非常に悪い日とかは別に0でもおk。

ミニマム量と1日平均してどのくらいやるかを考えて、なるべく緩やかな目標を作る。継続させることが第一の目的なので、目標はなるべく緩やかにする。キツいと挫折率高い。

1日平均の量はいままでの「実績値」をもとに決める。実績がないのに自分のことを過剰に評価して計画すると死ぬ(死んだ)

10年〜30年スパンで考えて結果を急ぎすぎない

「1ヶ月だけ続けるわけじゃないんだ」と考えて気長にやる。すぐに結果を得ようとしない。習慣化が第一の目的。いうならばどれくらい習慣化できたかのほうが成果になる。

やっていることの結果については、一定の周期でレビューして方向性を変えたりすればおkで「長いことやってるのに結果が出ない」と考えると終わる。

特に膨大な時間を要するものは、目の前の結果よりも毎日の蓄積がものをいう。まあ、結果が見えるようなレビューをすると続けやすい。このへんが最大の敵。

逆にただ長いことやりゃいいってもんでもないので、匙加減が難しい。

このへんは今までどれだけ我慢できたかとかにもよりそう。あらかじめ別のもので継続するなどして勝利感を獲得しておくと、結果がそれほど出てなくても長期継続しやすい気がする。

Easy come, easy go. ということわざを知っておくといいのかも。

サボっても次の日に昨日の分を無理に達成しなくていい

サボった次の日に、前の日の分まで完全にやろうとすると詰む。

サボった日の次の日もサボってしまい、その次の日に溜まった分をやろうとしたらたぶんほぼ無理なので継続失敗する。

長い人生の中、1日ぐらいサボっても全然問題ない。1日や2日サボったことで「もうダメだ!!」と破棄してその先300日やらないぐらいなら、1日おきにサボりつつ続ける方が偉い。

仮に「1週間・1ヶ月サボっちゃったな……」とかでも全然おk。その次の日にふつうにやればいい。30日に1回やるのと365日に1回もやらないのじゃ、30日に1回の方が偉い。

「昨日サボったかどうか」と「今日やるかどうか」は関係ない。

昨日の分は気が向いたときだけやればいい。全部昨日の自分の尻拭いをしてるだけなので、今日の自分がいちいち気に病む必要はない。

サボりがちな人は「30日間のうちの何日できたか」を計測すると良さげ

たとえば今まで0だった人が、1日や2日ぐらいサボったところでどうってことない。1週間に3回やっただけでも3/7でプラスになってるんだから「サボってしまった……」とネガティブになる必要ない。

こんな感じで「30日間のうち何日できたか」にフォーカスをあてて、この割合を増やしていくという考え方をすると、やった分だけポジティブになれる。サボったとしても気持ちよくサボれる。

特にいままで習慣にしてない場合は、サボったり忘れてしまうのはしょうがない。そういうときに罪悪感を沸かせずに「昨日サボったけど今日できた。エライ」と自分をほめると続けやすい。

いままで0/30だったのに30/30を目標にすると、0%から100%にいきなりハードルを上げるのでマジでキツい。0/30な人は10/30とかを目指してみると良さげ。そこからギアを上げていく。

「いつやるか」「何のあとにやるか」を決める

新しいことを続けるのはわりと大変なことで、いきなり続けられない。なので計画的に自分のライフスタイルに差し込まないといけない。

「ごはんを食べたあとにやる」とか「朝起きてすぐやる」とか「帰りの通勤電車の中でやる」のように、ライフスタイルに組み込まないとやる時間がバラバラになりすぎる。

「何か別の習慣が終わったあとに、新しい習慣をする」というのは結構いい方法らしい(しらんけど)

あらかじめ自分のスケジュールを把握しておいて、決まったところでやるとよさげ。それが無理そうならたぶん計画がキツいので計画をもっと楽にしたりする。

サボるときは「今日サボると明日もサボることになる」という意識でいる

昨日の自分のサボりは快く許していいんだけど、今日の自分はサボらないようにする。「本当に少しでもいいからやっておこう」と考えて「やる気が全然ない日で普段のノルマは達成できなかったけど1日やった」という結果を手に入れるのはかなり重要。

「自分は今日、サボらなかった!エライ!」という結果を得ると晴れ晴れとした気持ちになる。

なので、こういうサボりたいときのためのミニマム量がだいじ。3分とか5分とかそういうので全然いい。とにかく「今日もサボらずできた」という結果だけを獲得しにいく。

今日サボるようなやつは明日もサボるので、今日サボらないというのがすごく重要。

一昨日サボって昨日もサボって今日もサボるようなやつは明日もかなりサボりそうなので、今日サボらないというのが本当に重要。少しでもいいからやる。「こんな量だと少なすぎて意味ないでしょ」「この量だと復習とかできなくて効率悪いでしょ」とか思ってもやる。

正直、量は関係ない。今日少量しかやってなかったら、明日も少量しかやらないかもしれないけど、もしかしたら明日はやる気が出ていて明日の自分はやってくれるかもしれない。でも今日やらないとたぶん明日もやらないはず。明日やらないと明後日もやらないだろうし、そうしたら一生やらないかもしれない。

明日の自分にバトンをつなぐ気持ちでやる。そのうちどこかの未来の自分がやる気出してくれる。でもバトンを繋がないとたぶん未来の自分は「やらなくていいんやな」と判断してやってくれない。

継続にとっていちばん重要なのは「全然やる気ないときにどれだけやる気出してできるか」だと思う。

全く何もせずサボるときは、その上で能動的に「うるさい!!!今日は何がなんでもやらないのである!!!」と決意してポジティブにサボる。サボるときでも継続を意識して、攻めの気持ちでサボる。ちなみにポジティブにサボるのは結構エネルギーを使うので、たぶん少量やった方が楽。

ポジティブにサボると何がいいかというと「一昨日はやった、昨日はポジティブにサボった、じゃあ今日もやろう」となりやすいところ(ぼくは)

やる気に満ち溢れてたくさんやりすぎたとき、その成果を次の日に持ち越さない

「昨日たくさんやったから、今日もたくさんやるぞ!!!」と考えて無理しないほうが良さげ。度を超えてやると燃え尽きる。特に今までの自分の実績を大きく超えてやりすぎると精神的負荷が高くなり、ちょっとやらなくなっただけで罪悪感が出てくる。しんどさが出てきて楽しくなくなる。そうなると続きにくくなる。

「ちょっと物足りないかな…」ぐらいがよくて、明日の自分に希望を託す感じにすると、なんか明日もやってくれたりする。

徐々に増やすのがだいじ。というか習慣化すると勝手に増えるはず。「1日30分の勉強は実質0分」ぐらいのカロリー0理論みたいになっていくので「今日勉強してないな〜(※すでに2時間やってるけど感覚値は0時間なので実質0)30分ぐらいやるか〜!」みたいになるはず。

なので量を増やしすぎない。やらなすぎも良くないし、やりすぎも良くない。計画的にのんびり進めていく。

計画がうまくいっているからといって大幅に前倒ししない。たぶん破綻の兆しになるので、バッファだと思ってのんびりやっていく(ちなみにぼくは前倒しをよくやって何度も破綻した)

おわりに

そんなかんじでした(`・ω・´)

死にたい人は決して死にたいわけではないのと、死にたかったとしても絶望度が高くない人はたぶん死なないルートも選べる話

死にたい人が死を選ぶとき

「死にたい」と人が言うとき、人は「能動的に死ぬことを望んでいる」と解釈しがちだけど、基本的には「死にたい」は「つらいまま生きていたくない。死んだほうがマシだ」ということを表現していることが多い。

このへんは割と見過ごされがちで、特に「死にたい」と絶えず考えてる人ほど見落としがち。

「つらさを引き起こしていることを解消したい」であって、望んで死にたいわけではない。

もちろん中には「死の世界ってどうなってるんだろう……?死にたい!!」「来世はイケメンに!!!死にます!!」とかアクティブに死にたい奇特な人もいるだろうけど、たぶんレア。

普通の死にたい人は「つらいまま生きていたくない。死んだほうがマシだ」と感じていると思う。

それは裏を返せば「人生が楽になるなら生きていたい」ということであって、「死にたい」というのはつまり、その「できることなら本当は生き続けたいのに」という気持ちが本来あるのに、つらいことのせいで「生き続けたい」という気持ちが阻害されているのだと思ってる。

例をあげるとするならこんな感じ。

  • もしお金が10億円あったら生きられるのに
  • もしもっと美人だったら生きられるのに
  • もしもっと健康だったら生きられるのに
  • もしあのクソみたいな野郎が存在しなければ生きられるのに
  • もしもっと生きがいがあれば生きられるのに
  • もしあの人がまだ生きていたら生きられるのに

でも実際はそうじゃないから死にたい、これ以上はどうしようもないから死にたい、そんなことはわかっているけどそれをどうにかできるほど活力が湧かないから死にたい、というふうな気持ちが働いているはず。

ここを勘違いしてはいけない。この段階で「あ、そっか。自分って別に死にたいわけじゃないんだ」と感じられた人はもう勝ち確。

人生がハッピーな人は死にたいと思わない

当たり前のことなんだけど、人生がそれなりにうまくいってる人は、別に死にたいと思うことはない。

たとえ何のために生きているかわかってなくても「え?逆になんで死ぬの?わろすwww」ぐらいの気持ち。ふざけた野郎だ。

人間は本能レベルで生きるようにプログラムされているので、いま現在進行形で幸福な人生なのにいきなり自殺するとかはほとんどないはず。

死にたいほどの苦しさのレベル(絶望度)

「死にたいほどの苦しさ」にもいろいろあって、誰しもが死を選ぶレベルの苦しさと、大多数の人はそれを食らっても死にたいと思わないレベルの苦しさがあると思う。

ぼくの場合、金銭にまつわる苦しさだったので「10億円あれば死にたいと思わない」から始めて「1000万円あればまあそこまで死にたいと思わないけど、やはり死にたい」まで落とし込んで、「100万円だと普通に死にたい」と考えた。

それで「自分の死にたさは1億円ぐらいのレベル」と価格をつけた。

このあたりは大多数の人は別にこれを食らっても死にたいと思わないレベルのものだと思う。

ちなみに、鬱病の人はわりと死にたさに価格をつけることができると思うのでオススメしたい。自分の死にたさの価格が1億と判明したときのバカバカしさはすごい。

一方で「あの人が生きていないから生きている意味がなくて死にたい」とか「強姦されまくって逃げることもできない死にたい」とかは、もう計り知れないほどの苦しさだと思うので、解決方法もなく、死を選ぶのも仕方がないレベルになると思う。

自分から能動的に死ぬことを決断しないと、緩やかに環境から殺され続ける

ぼくはあまり自殺などに忌避感はないので、「自殺?いいんじゃない?でもなんで自殺したいの?生きることはできないの?まあ別にどっちでもいいけど」と思っている。

もちろん妻が自殺しようとしたら全力で阻止するけど、その他の人が自殺しても「あ、そうなんだ。なんかあったんだろうな。大変だったんだな」と思うぐらいで、「自殺はダメだ!!」という思想は持ってない。

だってそれしか解決方法がなかったのならしかたないんじゃね?って思う。中には「それくらいで死ぬなよ。解決方法たくさんあるだろ」というケースもあるけど。

死ぬことで問題が解決できることもあるし、何の救いのない話だけど、これ以上つらい目に遭う必要がなくなるのなら、自殺は一つの選択肢としてアリだと思う。

少なくとも「生きろ。この先もずっとつらいまま生き続けろ」って無責任に言うよりいいと思ってる。なんかそれはひどいと思う。

でももしかしたら「死にたい」と思う人の中でも、あえて死ぬ必要がない人もいるかもしれない。

「死にたい」という人でも、自分で生死を選択できる状況で「まだ死んでない」ということは、まだ生き続けたい何かが実はあるのだと思う。

その状態で、能動的に「生きる!!!」「死ぬ!!!!」を決めないと、「死にたいと思いながら生きてる」となって、すごくつらい。どうせこのまま生きてもつらいなら早く死んだほうがつらくないと思う。

なのでもし、

「なぜ死にたいという気持ちが起こったのか」
「なぜ死ぬことが私にとってのベストアンサーなのか」
「もし生き続けられたらやりたかったこと」
「死ぬ前にやっておきたいこと」
「具体的に何日の何時何分にいつどのように死ぬか(ロープで自殺するなら結び方はどうするべきか・どこで買うか・どこで吊るかとか、崖から飛び降りるならどこの崖にどの交通手段で行くか等)」

などを整理して「あれ、自分それほど死にたくなくね??」と思ったら、死にたいという気持ちはおそらくまやかしで、生きたい気持ちも結構あったりするはず。

そういう場合には

「こういう人生だったら嬉しいのに今はそうじゃないこと」
「問題を解決・環境を変えるために死ぬ以外にできそうなこと」

なども整理すると、一気に生きる方向に持っていける。とにかくこの時点で「あー、自分って死にたいわけじゃないんだな」と感じられればいいと思う。

ただ、死にたいときというのは、まずこの「自分の感情を整理する」という行動を取ることが難しい。めんどくさいしエネルギーも使う。

「ただ死にたいし、それ以外あまり考えたくない」という重度な状態もある。

死にたい気持ちが先行してしまって、「とにかくもう死にたい」「死にたいと思うことをやめられない」みたいなパターンもあるはず。

こういうのは文字だけで助けることはできないので、周りにいる人がケアすべきだと思う。まあ基本そんな人たちは存在しないんだけど(救いのない話)

それにもちろん、中には整理した段階でも「やはり死のう!」と思う人もたくさんいると思う。

ぼくには、すでに死のうと決めた人の行動を阻害する勇気はない。口だけで解決できる問題じゃないし、基本的には自分の人生には関係ないので、同情はしても、その人の人生に立ち入ろうとは思わない。

でも、どうせ死ぬなら、自分の決断に自信を持って、ポジティブに死んでほしいと思う。

ネガティブに死んでいくのは悲しい。

生きる方を選んだあと

死にたいときには選択肢は3つあって、「生きると決めて生きる」「死ぬと決めて死ぬ」「死にたいと願いながら生きる」があると思う。

死にたいけど生きている人の多くは、3番目の選択肢を、好きか嫌いかは関係なく選んでいる。それは学習性無力感からくるものであったりするけれど、実際には能動的に「保留する」という選択肢を選んでいるのだと思う。なので余計つらいはず。中にはこれ以外選べない、すごい不幸な人もいると思うけど……

でもせっかく生きるのなら、生きようとして生きた方が個人的にはちょっとだけオトクだと思う。つらいことは自分の力で跳ね除けたり、つらいことから脱出しなければいけないけど、ずっとこのままつらいなら、なにかを変えなければ、ずっと同じようにそのままつらいだけだと思う。

そのときに、自分の最悪な環境を嘆いたところでなにかが変わるわけではない。基本的に自分を助けてくれる人は「自分を助けてくれるような人」しかいないので、自分からなんとかするしかない。もちろん誰かに相談するとかもアリだと思うけど、社会や世間は基本的に誰も何も救ってはくれない。

ただでさえつらいのに、自分で行動してつらさを跳ね除けなければいけないのがつらいところだ。

ただ、どうせつらいなら、「つらさを跳ね除けるつらさ」を甘受した方が楽だと思う。

そして、いざ生きる方を選んだのなら、死ぬことなんか考えない方がいい。考えないのが一番いい。死にたいと考えるだけで闇落ちしてつらくなる。

生きる方を選んだのに死ぬ選択肢も含めて悩むと、後退するだけでなんにもいいことはない。(もちろん、死にたい人が死にたいことを考えないのは、そういう思考の癖がすでに構築されてしまっているのでむずかしい。でも、考えるな)

ひとたび「生きようとして生きる」ほうを選ぶと、わりと周りの景色が変わる。

死にたいときに見る窓ガラスは、死ぬための凶器になりうる物質にすぎないけれど、生きようとしたときに見る窓ガラスは、外の景色を移す透明な板に見える。

参考: ぼくが死にたいと思わなくなった理由

ぼくが死にたいと思わなくなった理由はいろいろあるけれど、まず大きいのは

「死ぬのも死ぬのでつらい」

ということで、死ぬのは普通につらい。そもそもそういうふうに人間ができてないので、恐怖とか痛さとかがはんぱない。

生き続けるのもつらいけど、死ぬのもつらい中で、どちらかを選択しなければいけないのは本当に苦痛でしかない。

でも生き続けるつらさは可変なことも多い。そういうわけで、ぼくの今は生き続けることで発生するつらさよりも、死ぬつらさの方が断然格上なので、死にたいと思わない。

ぼくの場合、「生きたいポイント」が増えたのは、「総労働時間の低下」「所持金銭の増加」「社会的地位の上昇」がかなり大きい。あと妻もできて、全体的な幸福度が上がった。

ぼくは地方に住んでいて古い価値観に囲まれて死にたかったけど、東京に出てきて死にたさが低下したので、環境の変化が劇的に変化をもたらすことも多いと思う。

地方で死にたいと思ってる人は、死ぬ前に都会に出てきてもいいんじゃないかなと思う。

もちろんここに至るまで順風満帆にきたわけではなくて、地道に「なぜ死んだ方がいいかの理由」を少しずつ消して「なぜ生きた方がいいのかの理由」を増やせたからだと思っている。

あとは

「人が死ぬことはそれほど重大な問題ではない」
「死にたいと思ってるやつに食われる牛とか魚の気持ち考えたことあんのか?????」
「自分が死ぬぐらいなら原因となったやつを殺す」

と思ったのもあって、死にたさはどんどん消えていった。

特に、死にたいと思ってるやつに食われる牛や豚というのは本当に不憫でしかない。

おわりに

そういうわけで、この記事が誰かの何かの活力につながることを祈ってます。

それから、「この記事のおかげで死ぬ決心がつきました!ありがとうございます!」とかそういうのだけはやめてください死んでしまいます。