へっぽこびんぼう野郎のnewbie日記

けろけーろ(´・ω・`)! #vZkt8fc6J

「高輪ゲートウェイ駅」という名前は叩かれるべきではない

高輪ゲートウェイ駅という名前を聞いて「ださすぎる……」という人が多くいるように思う。

こうした名前の響きだけを見てJR東日本は愚かだと嘆くのはいささか早計ではないだろうか。ややもすると名前に関する外見差別のようではないか。キラキラネーム的なものはいくらでも揶揄してもよいという、こうした風潮に対して、ぼくは強く異を唱えたい。

「高輪駅・芝浦駅など、もっとしっかりとした名前が他にもあるのに…ランキングも上位だったし……」というのはあくまで市民側から見た視点であり、市民側から見ればクソダサネーミングセンスであることは明白ながら、会社側から見ればまた景色が違って見えるはずである。

また、こうした人を唸らせる文言を応募した人たちが数十人いたことにも留意し、配慮の心も持つことも忘れないでおきたい。

この記事では世論に逆張りをして、可能な限り、JR東日本の意図を斟酌してみようと思う。

高輪ゲートウェイ駅周辺について

いきなり自分語りになるけど、ぼくは以前その高輪ゲートウェイ駅の周辺に住んでいた。

最寄り駅は泉岳寺駅で、泉岳寺駅田町駅にも品川駅にも徒歩15分ほどの距離の位置にある。泉岳寺駅は電車の終点になりがちで、よくここで降ろされては次の電車を待ちながら愚痴っている人を見かけていた。これがまたおもしろいのである。

高輪ゲートウェイ駅の開発地域は、はっきり言ってなにもない。泉岳寺駅もほとんど何もない。

泉岳寺駅は地下鉄であり、地上に出ると見えるのは第一京浜道路という名前がつく、広い国道15号である。道路沿いに居酒屋がほんの数件あり、北側の出口にはセブンイレブンとガソリンスタンドがあり、南側から出るとデイリーヤマザキというコンビニやアパホテルがある。それ以外は住宅地、あるいは寺である。

そこそこ歩けばコンビニはあるが、繁華街は品川駅か田町駅まで行かなければならず、ここ一帯は都会の中の田舎という様相を呈している。

土地や家賃は比較的高く、ボロいワンルームが月8万円程度、年季が入った2DKにしようとすれば月15万円ほどの予算は見ておかないといけない。スーパーもピーコックしかなく、ライフなどよりも価格が2割ほど高い。かなり歩けば白金に「プラチナドンキホーテ」なるドンキがあるが、普通のドンキよりもお値段がはっているのである。田町駅まで行けばマルエツ、品川駅に行けば紀伊国屋と、基本的に安いスーパーはない。

体感治安はかなり良く、変な人は稀に見かけるのみで、ヤンキーは皆無である。一年前に厚労省局長が殺された以外は平和な街である。金髪は外国人以外見かけることがない。そういう街だ。

有名なものは、高輪皇族邸と、高さが150cmほどしかない低いトンネル、そして泉岳寺という寺である。

泉岳寺駅とは反対の、JR山手線の線路をこえた向こう側はどうかというと、品川シーズンテラスというオフィスビルにいくつか店がくっついたものと、芝浦水再生センターしかなく、かなり歩いて港南地域まで行かないと住宅地にたどりつけない。

つまり有り体に言うならば、この地域は何もないのである。

だからこそネーミングが難しかったのであろう。公募に至った理由の1つにこれがあると思う。

そもそも大企業の偉い人の決め方はおかしくなりがちである

これが大前提としてある。

「ベスト&ブライテスト」という本があるが、この本は、

アメリカ合衆国のケネディとそれを継いだジョンソン政権において安全保障政策を担当した閣僚および大統領補佐官たちのような、いわばアメリカの「最良にして最も聡明な」人びとが、なぜ、ベトナム戦争という非道かつ愚かな泥沼へとアメリカを引きずりこんでいったかを、その権力深奥部の人間ドラマに重ね合わせて見事に描き出した

ものである。

賢くなって色々考えてしまうと、得てして人というものは考えすぎて変な方向に走ってしまいがちである。この本はそうしたことについて警鐘を鳴らしてくれるものである。名著なのでおすすめ。

こうしたことからも、JR東日本の人が「高輪ゲートウェイ」という名前をつけてしまったことに関しても、あながちおかしなことではないように見える。

ちなみにぼくはこの本を読んだことはない。

どうして高輪駅や芝浦駅または芝浜駅ではダメだったのか

投票で一番多かったのはこうした駅名だった。

しかし高輪駅では、近隣にある白金高輪駅高輪台駅と被りまぎらわしいように思える。芝浦駅は芝浦ふ頭駅と混ざってややこしく、しかも似た名前の駅を持っているのは別の鉄道会社だったためにこうしたものに配慮したと思われる。

それから芝浦や芝浜は、芝浦の話なので、高輪とは3kmほど離れており、もはや田町である。ジャムパンとクリームパンぐらい違うのである。

だから、JR東日本の人の言い分は「そんなのはもう考えた結果ボツにしたんだ。全然思いつかないから公募したんだよ」というものだろう。

でもそんなこと言ったら炎上するから言わないのだと思う。

また、こうした二字の漢字では的確に言い表すことのできない要素というものが存在しているように思う。それは以下に記す。

msb Tamachiと高輪ゲートウェイ

スローガン:
 田町の成長曲線は、東京で一番だと思う

田町駅では最近再開発が進んでいる。こちらも高輪ゲートウェイ駅にあわせて開発が進んだものだ。

そのあたりの地域を ムスブ田町(msb Tamachi) というふうに誰かが名付け、そのように再開発プロジェクトが進んでいる。こちらもなんというか、イマイチな命名である。あまりいい名前であると手放しで褒めることはできない。

ムスブ田町は愛称として「ブタマチ」と呼ばれることもあるが、基本的に周辺の人々は「最近できたビル」と呼んでいることが多いように思う。

ぼくの個人的な感想として、ゲートウェイとムスブは相性がいいように思える。どちらもその視点は海外との繋がりを求めていることから来ているようだ。国際的ビジネスの拠点としての開発が頭にあるように思う。

こうしたグローバル思想は、下記の「品川開発プロジェクト(第Ⅰ期)に係る都市計画について」にそう書いてあった。「グローバル ゲートウェイ 品川」というふうにこの開発を位置づけているようだ。「世界へ開く日本の玄関 品川」という意味だろうか。

https://www.jreast.co.jp/press/2018/20180923.pdf

また、この港区一帯は、オフィス街と旅行者、そして一部の地主と単なる金持ちが住む地域である。

こうしてみると、外国人にわかりやすい名前にしようというふうにもともと考えていたというのはそれなりに納得できるものである。

だから「高輪ゲートウェイ」を漢字にして「高輪門」や「高輪関」などのようにすることは言語道断だったのであろう(勝手な憶測)

外国人に駅を尋ねられた際、「高輪ゲートウェイ」とさえいえば通じるというのもこの言葉の魅力の1つだ。また彼らにも覚えやすい名前だ。

外国人「○×▲*(&@S+ Takanawa Gateway?」
日本「オー ゲートウェイ! アイ シー。 カモン」

のようになるというのは良いことだと思うし、そうした交流こそがJR東日本が望んでいる姿だと思う。

人は慣れる生き物である

よくよく考えれば「天王洲アイル」もおかしな話である。こちらはisleで島という意味を持っているようだ。また「東京テレポート駅」もしかり。「南セントレア市」もしかり。「新宿プロムナード」もしかりである。

また、奇をてらった名前は覚えやすいというのもあり、宣伝効果も見込めると踏んだのであろう。そうした点で見ると「高輪ゲートウェイ」もダサいとはいえ、こうしたダサさは一過性のものであると思われる。

「平成」という年号も、当時変わったばかりのころのインタビューを見ると「へぇ…変なの……」という困惑が生じていた。「さいたま市」もいつしか誰も「ダッサww」と声を大にしては言わなくなった。

そう見ると、「高輪ゲートウェイ」も、ダサいながら親近感がわくワードではないだろうか。

漢字カナ混じり文は今後増えるように思う

ダルビッシュ有」のように、人名で漢字とカナが混ざったものは、近年ではよく見かけるようになった。

こうしたものをダサいと言う人々はいないように思う。失礼であり侮辱であるということがわかっているからだ。

駅の名前が「デラウェアゲートウェイ」だったらどうだろうか。おそらく「おかしいwww」と言うような日本人はいないはずだ。そういうものかと思うのである。

カタカナ語はすでに日本語の10%を占めているという。もはや生活になくてはならないものだ。今後英語の重要性は高まり続け、漢語や古文に関する学習は比較的重要ではなくなるであろう。明治のころはせっせと外国語から輸入し、反訳していた和製漢語は、いまや翻訳の手間が惜しいとしてそのままカタカナとなって流通している。

だから漢字カナ混じり文は今後増えるように思う。

さいごに

ぼくたちはこのダサさに慣れる必要があるはずだ。多様性を考えた視点で物事を見極めるべきである。

JR東日本の人も、あえて130位のものを選んだ理由にはこうしたこともあるように思う。「そんなんでバカにするんじゃないよ」と。「もっと広く考えようぜ」と。

ぼくはそういう視点で今後高齢ゲートボール駅を使っていきたいと思っている。

ウェイ。