事の発端。父と英語とロマンス商法
最近父は英語を勉強している。もう3年ぐらいやっている。仕事で必要になったが周りに英語ができる人が全くいなかったために、定年間近というのに英語の勉強をしはじめて、世界が拓けたようだった。よいことである。
父の英語は相当なブロークンで、英語が全くできない人から見るとペラペラのように見えるのであるが、 You stolen wallet?
だとか go hotel key get it. You. OK? Do you have insurance?
とかいうものであって、素晴らしいものであるとは言えない。
ただし別にこれも問題ない。ぼくなんてむしろ喋らないのでそのアクティブさは見習いたい。
それに父も文法の大切さを最近痛感しはじめたらしく「とりあえずTOEIC受けてみたら」と勧めてみた。年齢の近い同僚には定年間近になって英語の勉強をしはじめた上に試験まで受けるなんて「気が狂った」と思われているらしい。別にこれもいい。
問題なのはその次だ。父はシリア人とやり取りをしていた。
父はその人とのやり取りを自慢げにぼくに見せてきた。「読める?」と。彼はぼくの英語能力を結構なめているので割とそういうことをする。
「読める?」と見せてきたのは長文のメールだった。読むと「シリアで私はthe boxにとらわれているので日本に行きたい。でもビザがない。○○(父)はとてもいい人だ。申請のためにできればあなたの個人情報が必要」という旨のことが書かれていた。ぼくは「これは詐欺だろ」と思った。
「これ怪しくない?」と言うと、父は「怪しいと思ったけど英語の勉強になるし」とか言うので「いやいや。やり取り見せてよ」というとFacebookを見せてきた。
プロフィールは「シリア生まれの女性」となっていた。プロフィールの写真もまぁまぁ綺麗な女性だった。ぼくは「これは詐欺だろ」と思った。
メッセンジャーでのやり取りを見ると彼女は最初から父に大変な好意をよせており I wish eat onigiri with you in Japan
のようなことが書かれていた。ぼくは「これは詐欺だろ」と思った。どうも彼女の方から父にメッセージを送ってきたらしい。
ぼくは自分のPCを開いてFacebookで彼女のプロフィールを探し、Chromeで彼女の写真を画像検索した。どうせ流用したものだろうと。案の定、アメリカのAV女優の写真だった。ぼくはそれを父に見せた。
父は混乱していたようだった。「アメリカのAV女優…?」「アメリカ?このシリアの子がアメリカのAV女優になったということか?」「なんでこんなにこの人の写真が見つかるの?」と。
ぼくは父に懇切丁寧に説明した。
父とFacebook
父には「とりあえずPCを買って家でネットを使えるように契約するんだ」と言って、そこまでは前回の帰省によって達成し、父は家電量販店にある8万円の低スペックPCを入手していた。
なので、説明のためにとりあえず画像検索のやり方を教えてあげようと試みた。
まず父はFacebookにログインできなかった。「パスワードは?」と聞くと「???」という顔をしていた。どういうことだよ。
「パスワードどこかに書いてないの?」というと、Microsoft Officeのライセンスキーが書かれたカードを見せてきた。あぁOfficeつきのを買わされたんだなと思った。でもなんでそれを見せてきたんだと思った。
よく見るとそこにログインに必要な情報だと思われる、いろんな種類のパスワードが書かれていたようだった。しかもパスワードはでたらめに書かれていた。Gコード: 456781
のように書かれていてなんじゃこれはと思った。「Gコードって何?」と聞くと「わからん」と返ってきた。これが老いか。
たぶんGコードは、Googleが二段階認証のときに教えてくれる番号のことだろう。それをメモしていたらしい。昔のビデオの録画するときに使うGコードかと思ってビビった。
それで、他にも意味がよくわからないコードがたくさんあった。どのキーを試しても入れないので、とりあえずパスワードを再発行をすることにした。
再発行をすると、こういう画面が出てきた。(この画像はスマホのものだけど)
「最近のアクティビティにアカウントのセキュリティに影響する可能性がある不審なものがあるため、アカウントが一時的にロックされました」という文言を父に説明しようとしてぼくは驚愕した。父は読み飛ばしていた。そりゃ読み飛ばしたくもなるよ。
ぼくは「英語じゃねえか!!!」と思った。
「ActivityっていうのはFacebook上の行動のことで、アカウントっていうのは銀行でいう銀行口座でFacebookでいう個人情報のこと、セキュリティは安全という意味」みたいにざっくりと説明してから
「最近のFacebook上での行動について、Facebook上にある個人情報の安全を脅かす可能性がある不審なものがあったので、一時的に使えなくしました」というふうに説明を置き換えた。父も英語を勉強していたので、それなりに納得はしてくれたようだった。
新しく発行したパスワードは、結局Officeのライセンスキーが書いてある紙に書いてもらった。「覚えろ」とか「パスワードマネージャーを使え」とかいう話ができる様子ではなかった。まずこの紙をパスワードマネージャーとしようとぼくは思った。
とにかく父はログインできるようになった。画像検索を教えようとする。すると父は右クリックを理解してないようだった。Clickは英語でカチッていう音って意味だから、右側をカチッって押すのを右クリックって言うんだよと言うと、右クリックという概念を獲得したようだった。
ていうかコンピュータ関係の用語って英語多すぎだなと思った。全部英語じゃねえか。
それで父は画像検索を見て、革命的な発見をしたようだった。
とりあえず先のロマンス商法の女性の画像を検索してもらって、すぐにアメリカのAV女優の写真がバッと出てくる。そのうえでぼくは「ここにDating Scammerって書いてあるでしょ。これは日本語でロマンス商法っていってつまり詐欺らしい」というふうに言って、Wikipediaのロマンス商法の項を見せた。
父は、世の中にこんなものがあったのかという感じだった。いまこんなことやってんのという感じだった。彼女のFacebookのプロフィールを見ると、彼女の友達には世界各国の悲しい中年独身男性たちが勢揃いしており、父は愉快そうに騙されたと笑っていた。いやあんた笑っとるけどね……
父がその後も画像検索をいろいろ試そうとすると、右クリックしても検索できない画像があった。そう。 aタグ
である。 aタグは検索できない。ぼくはまず説明を諦めた。「まぁそういうのもあるけどクリックした先を見ればなんとかなるよ」と言ってお茶をにごした🍵
そんな感じで画像検索に関する話は終わった。
他にも父の操作を見ると「冷静な目で見ると何に使うボタンなのかよくわからないアイコン」などを理解していないようだった。たとえばハンバーガーメニューなど。「わかりやすく綺麗なUI」とかいう以前に、アイコンが意味不という状況にわらってしまった。こういったものをひとつひとつ勉強しなければならないとしたら、なんて苦行だろうか。
父とコンピュータとゲーム
根本的な部分がわかってないのではないかと思って、父にコンピュータに関する理解度チェックをしたら、父はコンピュータが電卓の進化形であるとか、ワープロもコンピュータであるとか、冷蔵庫にコンピュータが内蔵されていることなどは理解していた。
なので「電卓のディスプレイ画面とパソコンを比較して、コンピュータに命令してその結果が出ているよ」というような概要を説明した。
そうして父に「PC-9801って知ってる?」と言って、そこからOSの概要を説明した。「いまこういうアプリケーションがあって触っているけど、昔はあの黒い画面だったじゃん」「こうやってマウスで触って色んなアプリケーションを管理できるやつがOSっていうやつ。昔使ってたWindows 3.1とかもさ」みたいな感じで説明した。ひとまず「GUI=OS」という概念で教えるのが便利だなと思った。
それからCPUとメモリについて軽く説明した。Central Processor UnitとMemoryという英単語で説明できるので、父が英語を勉強していて本当によかったと感じた。
あんまり踏み込んだ話をしてもつまらないだろうし、父の趣味にあった信長の野望というゲームを勧めてみた。はたして興味津々であった。
父は信長の野望というゲームは知らなかったが、戦国時代のことはかなりマニアックに調べていて、特にぼくの生まれ育った地域に関してはかなりの知識量だった。以前ぼくは戦国時代の歴史に全く興味がなかったので聞き流していたが、自分が勉強すると父の知識量が膨大であることに気付き、ITリテラシーの無さゆえに父の持つ別の知識をも侮っていたということを恥じた。
問題なのは父の持つPCのスペックがよくないことなので、Nintendo Switchと信長の野望でもやってもらおうかと思っている。PCとSwitchは似て非なるものながら、様々なインターフェースに触れるということはよいことだと思うので、次に発売するものをおくるつもりでいる。
得られた知識
ことITに関する話に限り、父とぼくには大きな隔たりがある。それはぼくがプログラマだからというのもあるが、今回の件で、非専門的なIT知識とはどこまでを言うのかがよくわからなくなってしまった。
若者が若いうちからゲームやパソコンやスマホで慣れてきた操作を、若者でない人がいきなりすることはできない。同じように長い間訓練するか、勉強をすることでしか身につけることはできない。
そしてただ長い間触っていればわかるというものでもない。たとえばパソコンを毎日触っていたとしてもHTMLを知らない人は一生知らないように。
明らかに彼らがその人生で培ってきた知識は膨大かつ体系的であるのに、ネットをうまく使えないことによって情報を発信してくれないというのはもったいのないことだと思う。
とりあえず今後も父にそういった知識を少しずつ提供していきたい。