へっぽこびんぼう野郎のnewbie日記

けろけーろ(´・ω・`)! #vZkt8fc6J

結婚の障壁としての結婚式について

先日籍を入れることにした。結婚式をあげる予定については棚上げにした。

それまで籍を入れるかどうか迷っていたのは、結婚式にかかる費用のことの一点だった。安くても数十万円となる費用に加えて結婚指輪などのこともあった。いろいろと考えた結果、まず籍を入れることにした。結婚式についてはひとまず考えないこととした。

「結婚式がそもそも結婚の障壁であってはならない」という論理がもっとも心を打った。

結婚式についてのメリット・デメリットを語ることへの禁忌

めでたいことなのだから金銭について四の五の言うなという風潮がまずある。

「デメリットが少しある」と言えば、あたかも結婚そのものに対して否定的であるとされることには疑問がある。

式をあげることのメリットは確かに大きくある。親族関係への一斉周知もそうだが、人生の節目の記念としてある。多くの女性にとっては結婚とは一つの夢であり、それを強く認識できる結婚式というのは魅力的なものとして映っていると思う。

最大のデメリットはなにかというとズバリお金である。おそらくそれ以外のデメリットは有象無象である。

親が費用を負担してくれるという風潮

結婚式の費用は、歴史的に親あるいは祖父母が出すものというようになっている。歴史的に見れば、家同士が結びつくということのために、家がお金を出すというのは当然のことのように思える。対外的な示威という外交的な側面もあったに違いない。

ただし親世代もそれほどお金を持っているわけではない。現在ばかりでなく過去もそうであって、過去盛大に結婚式をあげられたのは武家や皇家であった。

いま若者が結婚をするとき、親世代は定年間近であったり定年後であったりする。そして親世代も子と同様、今後も更に人生が続く。退職後悠々自適の生活を過ごせるとはいえない。退職金があるために一時的に大金があるように見えるものの、再雇用などによって収入は激減する。

そうした中、彼らからお金を自分たちの結婚式の費用のためにいただくというのに、若干の心苦しさを覚える。また、ぼくも成長するにしたがって、彼らの懐の底が見えるようになったわけであって、できれば老後のために貯金してほしいものと考えている。

それからあくまでぼく個人については、ぼくの父は母と離婚しており兄弟仲も微妙であって財産分与もあり、父の懐は最近まで冬のようだった。母とはもう7年ほど連絡をとっておらず、こうした中で父から平然とお金を受け取って結婚式に費やすことはできなかった。

結婚式業界に感じる不信感

どうも結婚式業界では「せっかくの節目なのに金をケチるのか?奥さんを大事に思っていないのではないか?」という脅迫じみた言葉がまかり通っているように思える。これが「お金を無限にブライダルの人に渡すことが奥さんへの愛情表現となる」という意味になっていると思う。実際には「せっかく人生に一度なのですから」といった脅しの欠片も見当たらない言葉だが、こうした言葉が刺さる。(ただし、こうした言説はぼくの偏見によるかもしれない)

こうした言葉に反論することは、めでたい式をあげようとしている中でことを荒立てるようなことにもなるし、あまりに強く否定すれば喧嘩に発展する可能性すらある。そうしたややこしい問題を「金で解決できるのであれば」という感覚で、札束を無造作に積んでしまうという結果になると思っている。そこに愛はあるのか。

ぼくとしては、結婚式にお金を積めば積むだけ強い愛情表現であるとは思えない。そうするのであればまず大きな冷蔵庫や綺麗なバッグを購入したり一緒に旅行に行きたいと思う。

相手との結婚と今後

結婚式をあげるあげない以前に、今後の相手との生活を第一に考えるべきであると思う。これはおそらく結婚をしようとする人にとっては大前提であると思う。

その上で結婚式をあげるかどうかはその人たちの問題であって、他人がとやかくものを言っていい類のものではないはずだ。何に大きく価値を見出すかはその人の生き方によって決まったものである。

だから「結婚式をあげないなんて可哀想・貧乏」「結婚式をあげるなんてバカ・経済観念が無さすぎる」のどちらも、単なる蔑みの心の表面化であり、おぞましく見え、笑止千万である。

ぼくとしては「結婚式がそもそも結婚の障壁であってはならない」という、どちらの害にもならない至極まっとうな意見を支持するものである。